2013/11/25

新聞のゴシップ化に我々はどう対応すべきか

子供の頃、新聞というのは正しい事実を伝える高尚な言論機関だと思っていた。学習教材や入試問題に使われたりすることもあって、そういう思いが強かった。

しかしがら、現在はそういう印象を新聞に抱くことは無くなってしまった。大手新聞社の新聞もゴシップ紙と何ら区別が付かなくなった…なんていったらゴシップ紙が怒る時代にすらなってしまった。

大人になって何が変わったか。それはインターネットの登場が大きい。新聞やテレビなどの「マスコミ」と呼ばれるメディアだけが多くの人に情報や主張が出来る時代は終わった。今やインターネット上で誰もが実名または匿名で情報を主張できる時代になった。

その中には、新聞記事の正しさや公平さに疑問を持った議論を目にすることも多くなった。それは子供の頃、またはインターネットという新しい媒体が存在する以前は、あまり無かったのではないだろうか。いわば昔は、新聞やテレビが言った事にそのまま踊らされる民衆という構図を感じる。

インターネットでは風物詩になっているネタの一つに「日本経済新聞の妄想記事」というものがある。日本経済新聞(日経)が有りもしないことを書くというものだ。これもインターネットの登場によって、企業が自社の意見をインターネットを通して大衆に伝えることができるようになった。日経が、とある会社を標的にした憶測記事に対して「一部報道機関による…当社ではそのような事実はありません」というリリースがその会社のウェブサイトに載る、というのは日常茶飯事ではなくなった。しかし世の中、すべての人がインターネットで新聞の裏を取っているわけではない。昔ほどではないが、少なからず新聞の影響力もある。「ひょうたんから駒」とは恐ろしいもので、日経の憶測記事で「傾く」と言われた会社が、それによって本当に株価が下がって傾く事態すらある。風説の流布としか言いようがない、呆れた日経テロである。「ペンは剣より強し」とはよく言ったもので、今の日経がやっていることは「ペンの暴力」に近いとすら思える。

最近では風物詩として笑い飛ばされていた日経の憶測記事の一つに「ドコモでiPhone発売か」というものもある。2013年にドコモでiPhoneが発売され、ようやく「日経の悲願」が達成されたとネットでは笑いものにされていたが、日経は数年前から年に何度も「ドコモでiPhone発売か」と書き、そのたびにドコモから否定のリリースが出るという事態であった。2012年頃にはインターネットで情報収集する人のほとんどは、日経が発する「iPhone」というキーワードが入った記事の信憑性を一切信用しないという風潮すらできた。日経の記者はドコモでiPhoneが発売されて欲しくて病的妄想記事を一心不乱に書いていると主張する人まで現れた。

「日経の悲願」は2013年に叶うことになるが、面白いのはそれを真っ先に伝えたのは日経でなく他の新聞社であったということだった。そしてインターネットで情報収集をしている人達は「あぁ、日経じゃなければ信憑性あるな」と言い、実際にそれは事実となった。日経もこの時後追いで記事を書いたものの、誰の相手にもされなかった事は言うに及ばずである。

2013年、バブル崩壊以降、日本の就職活動は益々厳しさを増している。そんな中、日経は就職活動中の大学生に対して「就職のためには日経を読んで経済を知ることが近道」といったような広告を出している。何となく、コンプレックス産業であったり不安産業であったりと似た手法を感じるのは気のせいだろうか。この風潮にはインターネット以前の中年壮年世代の日経信仰もあって、なかなか若者を苦しめている。この世代は若者を「面接する」側でもあるからだ。インターネットから情報を知り、日経の信頼性の瓦解を痛感している学生も、就職活動という厳しい活動のために、高い金を払って無駄な時間をかけてまで読まないといけない、またはそうするべきだと不安を背景に学生や若者を無理やり扇動している場面があるように思える。

ここまで痛烈にもとれる日経批判を繰り広げてしまったが、それほどまでに日経が自称報道機関として正確性に欠けた情報を節操もなく流し続けている、質の良いとはいえないメディアだと考えざるを得ないからである。文字だけで、これほどまでに人を扇動し、会社や経済活動に迷惑を掛けることができるんだという壮大な社会実験としては興味深いが、それ以上の価値が現在の日本経済新聞と日本経済新聞社には正直見受けられない。日経を片手に持つことがステータスだったバブル崩壊以前、それはインターネットの登場とともに崩壊してしまった神話であろう。

では何を信頼すれば良いのか。

日本の巨大匿名掲示板サイトを作った西村博之氏は「うそはうそであると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい」という言葉を残した。匿名掲示板には匿名ゆえに嘘やデマが書かれることが日常茶飯事である。その中から本当に役に立つ情報を見つける能力というものが匿名発言の世界を読んできた世代の一定数には備わっている。今やまさに「うそはうそであると見抜ける人でないと(新聞を読むのは)難しい」時代になってきているのかもしれない。

とはいえ、そういう商業活動報道機関の体たらくに辟易とした一部の人によってインターネット上で市民報道機関といった試みが何度かなされたものの、どれもうまくいったといえる事例が存在しないのが事実である。資金力と行動力といった部分では、まだ新聞やテレビの報道機関が優位な点であろう。今後もしばらくは「うそはうそであると見抜き」ながら新聞やテレビなどが発する情報に接する必要がある。

では我々は今後どのようにして報道機関の発する情報に接していけばいいのか。

まず新聞やテレビは全て正しい事を言っているという考えがあればそれを捨てるところから始める必要がある。いまどきそういう考えを持っている人は少なくなってきているとは思うが、まだ新聞やテレビの信頼性は大きい。かの哲学者ルネ・デカルトは「我思う、故に我あり」と言った。自分の存在以外はまず疑ってかかる、という大げさなものであるが、新聞やテレビの信憑性の凋落、またインターネット上にあふれる信憑性の怪しい匿名情報など、今後情報と接する際に「まず疑う」という態度は非常に大切になってくるだろう。平和な日本の国語教育では全ての文章が正しいという牧歌的な世界観であるが、そんな教育では騙されやすい国民を養成するだけになってしまうだろう。学校教育の変革、もしくはそれとは別の教育が今後求められてくるように感じる。

社会に出て成人になると、政治的・思想的に新聞やテレビが必ずしも中立的ではない事を知ることになる。右が正しいか左が正しいかといった議論は置いといて、どんな報道を聞く場合にも政治的・思想的な偏りを加味してそれを頭の中で補正する力が求められるだろう。例えば、とある新聞は政治的・思想的に左寄りである。左寄りが正しいか間違いか自分の思想と合っているか合っていないかは別として、それを知り、それを知った上で情報を補正する力は必要であろう。自分が好む論調をする新聞のみ読むという手もあるが、それはそれで見識が狭くなるし、その新聞が発する情報全てが正しいとは言えないので、結果的に情報の真贋を見抜くスキルは必要となる。真贋入り乱れる情報源が多いからこそ、自分が触れる情報源は多いほうが良いという意見もある。

「どの新聞が最も中立的で最も信頼できるか」という質問に対しては非常に答えづらい。インターネット上の議論を観察していると、大体どの新聞社も定期的にとんでもない論調を繰り広げている事があるからだ。ただ私は日経は勧めない。不安商法で社会人の多くが読んでいる割にはビジネス上ことさら有益な事が書いてあるとは思えないからだ。人生には、他人と同調するのが大切な場面と、他人と同調せず自身を差別化するのが大切な場面の二通りがあるが、どうせ日経なんて誰もが読んでいるんだから、自分なら別の新聞を読んだほうがいいという後者的な考えが私の意見である。日経が良い悪いという議論ではない。ただ、私は日経の「風説の流布」に飽き飽きとしていることは前述でお分かりの通りだろう。読みたい人は読めば良いと思うし、何を読むかは自由である。

「事実を客観的に伝える」「特定の思想を入れない」というのに最も近いのは共同通信社が発する情報であると思うが、残念ながら共同通信社は新聞を発行していない、他の新聞社、特に独自の報道網が弱い地方紙のために報道情報を提供する報道機関のための報道機関だからだ。

今や新聞社もインターネットで情報を発信する時代である。一部の報道に関しては新聞を購読せずとも読める。特に各新聞社の色が出るのが社説で、各社の社説を読んでいるとその思想の違いが現れて面白い。ただ、特に地方紙の社説とかは、時に何を血迷ってこんな文章を書いたんだと甚だ驚くような思想以前の文章が載っている事があって、「国語の入試問題にも使われる」社説というのは一歩間違えると色々危険だなと思う事もしばしばある。社説の雛形というものも共同通信社から地方紙に配信されていると聞くが、丸写しはできないはずなので、社説には地方紙の考えと記者のレベルが露骨に表れる。それだから怖いし、真贋を見極められるだけの読解力を持っていると逆に面白いと言える。社説を読んで「これゴシップ紙じゃ…」と声を出して言ってしまう事も結構ある。強引な論理展開を楽しんだり、情報の真贋を見極める力がそこそこある場合は娯楽メディアであるともいえよう。ただ、高校生向けの入試問題等にはして欲しくないと真に願うばかりである。

前述の「ドコモiPhone」、日経が報道するたびにインターネットでは「またゴシップ紙が」といった論調が出るのだが、実際のゴシップ紙の一つである東スポ(東京スポーツ)はインターネット(Twitter)上で「私たちがやるならイタコでジョブズ(iPhoneを発売するApple社の最高経営責任者だった故人)降臨ですよ」などと日経を揶揄し、日経のようなものと一緖にされるのを酷く嫌う発言をするくらいだから、本当に楽しい。日経をゴシップ紙というのは本当のゴシップ紙に失礼だというのが冗談ではないのは、今の日経の状態と、日経に対する皮肉以外の何者でもないだろう。

私もそうだが、嘘の情報に踊らされて、それを拡散した経験がある人は少なくないだろう。そんな中で、人は「全ての情報が正しいわけではない」という学校では習わなかった事を学んでいく。今後はそういう事も若いうちから習うことになるのだろうか。とかく日本の国語教育は小説偏重で、大人になって技術書や説明書などの日本語で書かれたあらゆるジャンルの文書を読む際の配慮が本当に不十分だと常々思っている。それ以前に、情報の真贋といった部分を教育する必要があるというのが、インターネット上にあふれる真偽不明な匿名情報以前に、新聞という「権威のある報道機関」と接するための素養として必要であるというのは、なんと皮肉なことかと思わされるのだ。

2013/11/14

座右の銘は「人間は考える葦である」

人生の要所要所で聞かれるものの一つに「座右の銘」がある。

本当に自分の人生の教訓として日々肝に銘じている人、たまに聞かれるから回答を準備しているだけの人、今日この文章を読むまで気にしたことが無かった人、色々な人がいそうではある。

私は高校時代から数学が好きで、大学時代に数学を専攻していたこともあって、哲学者であり数学者であるパスカルの「人間は考える葦である」という言葉が非常に好きだった。まだ座右の銘を聞かれない年齢からそうだったものの、社会人になってからもその言葉が好きだったので、自然と座右の銘にしている。

「人間は考える葦である」とは、パスカルが晩年に書いた断片の中の一節で、それが後世「パンセ」と呼ばれる断片集に収録されることになった。この「人間は考える葦である」を収録した断片の全文はもう少し長い。色々な和訳があり、解釈も様々であるが、この部分の解説は哲学に詳しい人に譲ろうと思う。

葦であるというのは、この断片の全文の中に登場する「宇宙」との関わりである。人間は宇宙や自然、それに病気などの運命的要因によっていとも簡単に押し潰されてしまう存在であることを言っている。文字通り、人間が生身で宇宙に放り出されたら一瞬で死んでしまうことだろう。パスカル自身、終生病弱であり40歳を迎えず亡くなったことから、日々病魔と戦う中で、病気に抵抗するのではなく、病気と共に細々と生きていくという意味も葦という喩えに込められているという人もいる。強風で木々は折れたりするが、葦はしなることはあっても、風が止めばまた元通りになる。弱いものを形容する方法は様々だが、パスカルが葦という題材を選んだのはそういう理由なのかもしれない。

そして、パスカルが言う「宇宙」はいとも簡単に人間を押し潰してしまうが、人間は考えることで宇宙を包むことができるという。2013年現在、宇宙というものの大部分が未知の領域であるものの、人間は考えることを繰り返して宇宙というものの全貌を知ろうとしている。最近であればヒッグス粒子の発見などが記憶に新しい。この下りは、「宇宙」という単語と「考える」という単語の原文のフランス語で発音か綴りが掛かっているという話を聞いたことがあるが、それが正しいものか、またどういったものかは覚えていない。

私が非常に共感している事は「考える」という部分である。全てのことにおいて、楽しい事を切り開いたり困難を打開したりすること、それら全てがまず「考える」という活動から始まる。考えるということは理性的である人間の重要な活動であり、また私が最も重要視していることの一つでもある。それは数学や哲学のみならず、全ての人間の活動で重要なことであろう。

突然だが、数学や論理学には対偶という概念がある。「PならばQ」という命題が真であれば「QでないならばPでない」という命題も真であるというものだ。「人間は考える葦である」を対偶命題にしてみると面白いというか恐ろしい。人間が宇宙に押し潰されてしまうことは自明なので葦の下りは簡潔化のために省いて対偶命題にしてみると「考えなければ人間ではない」となる。人間は日々考えなければならないのだ。考えることをやめてしまうと、ある意味人間としての主体性を失っていると言われても仕方が無いように思える。確かに仕事上でも考えることを怠りがちな人と会話をしていると、人間と会話している気がしない、出来そこないの人工知能と上辺だけの日本語を交わしているだけの気分になる。

考えすぎることでネガティブ思考を持ってしまうことも良くない。私はつい考えすぎてその罠にはまることが多く反省することたびたびではあるが、人生を楽しくするアイデア、仕事を豊かにするアイデア、そして人々を幸せにするアイデアは、日々考えることを突き詰めないと出てこない。「ひらめき」という言葉もあるが、ひらめき自体も日々考えることが下地になっていることが多く、毎日何も考えず突然ひらめくということは無いように思える。やはり日々考えることは大事だ。

数学者としてのパスカルも見習いたい。数学は万物を解明するための基礎理論である。社会人になって怠りがちである基礎の勉強もしなくてはならないと、この文章を書きながら思った次第である。数学は考える絶好の教材だ。

晩年のパスカルではないが、日々困難が多い現代社会、私は弱い葦のような人間であるが、宇宙が与える運命を受け流しつつ、考えることでそれを打開して少しでも社会に貢献したいと思う今日この頃である。

2013/11/12

2013年の東京の気候に想う

2013年11月12日。ここ数日の東京は強風が吹きすさび、最低気温が1桁台にまで落ち込むことが多くなった。

思い返せば今年の「東京の夏」は暑かった。いや日本全国が記録的猛暑に見舞われた。

よく私は東京の5月から半年近くにわたる暑くてたまらない季節を「灼熱地獄」と言っている。暦の春夏秋を逸脱しているとすら思う。私は北海道出身であるが、東京というか北海道以南には「梅雨」というものがあって、それもまた蒸し暑い鬱陶しさに拍車をかけている。気温は20度台でも汗が蒸発しないのだ。不快極まりない。

しかし思い返せば、9月末に大きなイベントがあった時、また一段落ついて10月上旬頃も、外を少しでも歩けば暑くて手持ちのタオルで顔の汗をぬぐっていた気がする。10月下旬になって「そういえば外を数分歩いても汗をかかなくなったな」と思った途端、外を歩く人達はコートを着ていた。「東京の秋」は何日あったんだという変わり様である。言えることは10月中旬は秋だった、という位である。

北国で18年育ち、寒さに強い私も、防寒具を着ないで1桁台の気温の中で強風に煽られると体温が奪われてしまう。さすがに寒さに強い人も所詮は恒温動物であり、体温を1桁台にしようとする力には屈してしまうだろう。ここ最近は風が強いときは防寒具を着ている。

北海道の内陸の真冬の寒さはマイナス10度を下回るわけで、東京の1桁台の気温なんて大したことないと思ってはいたものの、幾年も生活していると、いくつかの意味で北海道の真冬よりも過ごしづらいことがわかった。

まず、北海道では外を歩かない車社会であるが東京は交通機関を渡り歩くということ。また住居の気密性が北海道に比べ格段に劣るので、室温がすぐ外気温に影響されることと、暖房の効率が悪いということ。また北海道感覚でいうと1桁台の気温というのは秋の中間的季節のものであり、北国的感覚では着るものが中途半端なままの季節が東京では数ヶ月続くということ。また、個々人の感覚や比較方法によっても変わってくるとは思うが、積雪が無いからか湿度が下がりがちでからっ風が吹くということ。関東平野という場所にあるとはいえ、高層建築物が巻き起こすビル風などの要因もあるのだろう。

私が住んでいた北海道帯広市とその周辺は完全に内陸だったからか、「東京の冬」に比べて風が吹いたりする頻度は少なかったように感じる。もちろん西の山脈から吹き下ろされる風や地吹雪といった天気もあるが、それほど頻繁ではない印象を持っている。また車社会なのでそんなことは関係ないということもあるだろう。

北海道から東京に来た多くの人は「風が乾燥していて北海道よりもある意味きつい」という。東京はすぐ近くに海があるのに意外な感じもするが、風が陸地の西側や北側から吹くことが多いのでそうなのだろう。上述の通り、北海道は気温こそ極寒で飽和水蒸気量も少ないものの、積雪のおかげで湿度は保たれているという感じもする。

今年の夏の北海道は暑かったらしい。全国的な記録的猛暑である。それでも東京とは違い「熱帯夜」というものは圧倒的に少ない。温暖化の影響か今年の記録的猛暑かは分からないものの、十数年前は全くなかった「北海道の熱帯夜」が最近ではそこそこあるという。それでも半年続く「東京の灼熱地獄」よりはマシであろう。東京の8月は、外で玉子焼きができそうな気温であるが、8月の北海道は心地良い。夜は気温が10度前後に落ち込んで寒いことすらある。

気候面でも東京は、他の北や南の日本の都市に比べて過ごし辛いと思う。南、赤道に近づけば近づくほど暑くて嫌気がさすと思っていた時期が私にもあったが、東京より沖縄のほうが涼しい天気予報を何度も見て、そういう印象は払拭した。人口密集が世界有数の東京という都市ならではなのだろう。

灼熱地獄の中で半年も汗をかいていると、正直「北海道に戻りたい」と思うこともちらほらある。ただ、東京は色々なものや情報が集まっている。特に物流の発展で、物は多少待てば日本中どこでも実物が手に入るが、情報は待っても本当の「実物」が手に入らない。これほどまでにインターネットが発達して情報化社会になった今でも、実際に人と顔を合わせて情報交換することが最も良い情報を入手する手段であることを痛感している。動画であったり音声であったり文章であったり、情報伝達の手段は色々あっても、現地にいること以上に良質な情報を得る手段はない。また、東京という日本の首都が持つビジネス等のスピード感は若いうちに経験しておきたいという気持ちもある。滝のような汗をかいても東京という場所に住んでいる価値はあるのだ。

本当であれば、日本全国に人々がほどよく散らばって、特定の都市に極度の一極集中をしないほうが良いのだと思う。その分、交通が発達して安く早く移動ができて、日本全国の人が気軽に集まれる生活基盤があることが理想であるものの、それは近い将来の話ではなさそうだ。

最近では、福岡や札幌といった地方都市が栄えて、そこに定住しつつ、東京の人と関わる必要のある普段の仕事はネットを使って行い、用事がある場合は気軽に格安航空券での東京との往復をするという生活スタイルをする人も増えていると聞く。東京と福岡・札幌間の航空券はドル箱路線であるゆえに、他の地方都市に比べて安く、鉄道より早い。また家賃や物価などが東京に比べて安いというのも、東京との交通費にあてられる側面だろう。収入が少なくてもそういう生活スタイルが確立できるのであれば、私も福岡や札幌を拠点に活動したいと常に思う。

上述のような地方都市を拠点とした首都圏との関わりができないうち、また身体が耐えられる若いうちは、一瞬の春と秋と半年近いの灼熱地獄がある東京で、情報の刺激を受けて修行するのが良い、そんな考え方をしている。

とかく批判されがちな東京一極集中であるものの、それによって発展があるということや効率的な部分もあるので一概に否定はできないだろう。希望を言えば、もう少し涼しい場所に一極集中してくれれば…とは思うが、それは私個人の夢としてしまっておきたい。

2013/11/05

1日1時間だけ開いている不思議な自転車屋

子供の頃は自転車生活だった。自転車があれば遠くまで行ける。交通機関に乗るお金もない、自動車も運転できない、子供の必須ツールである。

そんな中、頼りになるのは自転車屋だ。パンクであるとか調子が悪い自転車を修理してくれたり、役立つ存在である。ただ、私が子供の頃住んでいた場所は田舎で、少なくとも徒歩圏にある自転車屋は一軒しかなかった。故障した自転車に乗って自転車屋に行くわけにはいかないわけで、徒歩圏に自転車屋があることは重要である。

その自転車屋は、自宅から徒歩数分の場所にあった。ガレージを改造したような内装で、多少の油っぽさが機械的な感じを漂わせた。今思い出しても懐かしい場所である。ちなみに、その自転車屋は2013年の今は建物は取り壊された後で、存在そのものが無くなっている。

その自転車屋は、小学校高学年になるくらいまでは普通に日中に営業をしていたのだが、ある時を境に店が空いている事を見ることがほとんど無くなってしまった。

自転車屋自体は行動圏内にあったので近くを通るたびに観察していると、夕方以降照明が灯っていることがある。特に用事は無いものの、恐る恐る入ってみると、いつも店を切り盛りしていた30代くらいのお兄さんがいて「最近は営業日も定まっていなくて、営業できても夕方1時間くらいなんだよ」というようなことを言っていた。

その後、祖父母か親戚に話を聞いたら、そこの自転車屋のお兄さんは工場務めを始めたらしく、いわば工場務めのほうが本業で、自転車屋稼業は近隣の住民のために細々とやっている副業という感じになっているようだった。そんな自転車屋も、次第に営業すらしない日が増えていき、事実上の閉店状態になってしまい、近隣の人達にも気にされなくなった。

私も高校生になり、行動圏内が広がり、高校近くの自転車屋で自転車の修理やメンテナンスを行ってもらうようになり、その不思議な自転車屋のことを思い出すことも無くなってしまった。

高校時代は受験等で忙しく、既に不思議な自転車屋のことを気にすることが無くなったものの、この頃に区画整理でその不思議な自転車屋の建物自体が取り壊されることになったのだと思う。本当、知らないうちに無くなっていた。あの工具で汚れた油っぽい敷地も綺麗になり、今は普通の住宅地になっている。

最近、このことを思い出して、いくつか考えるところがあった。

一つは「副業」の事だ。その自転車屋は自転車こそ売っていたものの、仕事の大半は近隣住民の自転車の修理やメンテナンスだったと思う。そこから得られる収益たるや、想像するまでもなく少ないだろう。そこそこの田舎である。自転車もそう毎日飛ぶように売れるとは思えない。お兄さんを工場という「副業」へ駆りだし、そして副業と本業が事実上入れ替わるまで時間はかからなかったのだろう。

もう一つは「その後も細々とでも自転車屋を続けていた」事だ。休業日の方が多い、開店していても1日1時間、それでも細々と続けていたのは近隣住民のためを思ってのことだったのだろう。私もその空いている1時間を狙って修理をお願いしに行ったことがある。こちらは既に「副業」ですら無く「地域貢献」の一環だったのだと思う。

かたや私たちの世代が生きている今の時代は、長い不況から抜け出せないでいる。給料も上がらず、高齢化社会が進むばかりで年金制度を維持するために税金だけは非情にも上がり続けている。一人暮らしをしていても貯金はも貯まらず、夫婦も共働きを強いられる。この現状に打開策もなく、時には副業を考えたくもなるものの、多くの企業は副業を禁止している。それは当然であるという意見もあるだろうが、本業に支障が出ない範囲で副業を認める事で従業員が豊かになり精神的余裕が出てくる可能性もあるのではないだろうか。また副業によって視野が広がったりする副次的作用もあるだろう。節度ある副業許可は悪いことではないと思うのだが、多くの企業はそうは考えない。もし副業のほうが「本業に支障をきたす」事があれば、それは副業のほうが本業としてふさわしいとも言える。

多くの「副業禁止規定」は、何が副業かということが明確になっていない場合が少なくないということも疑問に思うことだ。今のネット時代、パソコンがあれば工夫次第で身体を動かすこともなく短時間でそこそこの収入を得ることもできるものの、いったいどれくらいのコストと対価が発生したら副業にあたるのか全く分からない場合が多い。

もう一つ、「不思議な自転車屋」に習うことができるのは、「副業」が社会貢献や地域貢献になる可能性があることだ。週末に自分の知っている知識を教える、ブログ等を執筆する、体の不自由な人に手を差しのべる、等々といった活動は社会貢献や地域貢献と言っても差し支えないものだろう。副業禁止規定の線引きの曖昧さは、こういった社会貢献や地域貢献の機会を奪う可能性のあるものとして、非常にもったいないと感じる。副業禁止を批判するつもりはないものの、「対価が得られる社会貢献活動」は多くの人にとって有意義なものであり、一企業として推進とはいかないまでも、それを頭ごなしに制限する事は社会的な損失とも言える。

私も1日1時間は私的な時間で仕事とは関係ない、公開して使ってもらうためのプログラムをしたり、ブログを執筆したりしている。アフィリエイトなどで多少の対価が出る場合もあるものの本当に小銭程度であるが、執筆したものを読んでくれる人がいて役に立ったと思ってもらえれば多少の社会貢献になったと言えるだろう。世の中にはこういう活動を「目立ちたいだけでは?」と侮辱する人もいるようだが、そういう人も今やネットで情報を検索している。検索して出てきた結果はそういう「社会貢献」をしている人によって書かれたものであって、有り難がることはあっても侮辱する事は言語道断であろう。すべての人がそうであるかは分からないが、多くの人にとって目立つことは副次的作用であり、純粋に自分の発信した情報が役立ってほしいという想いによって成り立っているように思える。

いつ「区画整理」があるか分からないが、私も1日1時間でも時間を作って、自分の持っている情報を公開したりといった社会貢献と言える活動を微力ながらしていきたいと、在りし日の不思議な自転車屋を思い出すたびに考えさせられるのであった。

2013/11/04

返信が速いと気持ち悪がられる事に屈してはいけない

今やメールやインスタントメッセンジャ全盛時代。特に携帯電話のメール等はプッシュ的に即時到着される。Twitterのストリームもそうだが、今こそプル型ではなくプッシュ型のリアルタイムメッセージ時代である。

デジタル機器を普段から使っていると、即時到着したメール等に対してパパっと返信を書いて送る事がある。仕事ではスピードが命であると痛感している人にとっては自然であるが、返信が速いと気持ち悪がる人が時々いる。悩ましい事だ。

私もそういう場合を何回か体験した結果、「少し待ってから返信」という習慣に変えたりしてみたが、結果的に良い事が無かった。結局「少し」待ったおかげで、返信を長い間忘れてしまったり、タイミングを逸してしまったりすることが多かった。

気持ち悪がる人に対してどう接すればいいのだろう。一つ言えることは、それ以外の人に対しても返信を一旦待とうとか考えないほうがいい。最初は気持ち悪がられ続けるかもしれないが、その人に対しての対応も変えないほうがいい。世間の変化のスピードは凄まじい。いや、私やあなたが持っている「やるべき事」は数えきれないくらいある。目先のすぐに片付けられる用事はさっさと片付けたほうがいいのだ。あと良くないのは、仕事でもそういう習慣付けを無意識にしてしまうことが一番良くない。仕事こそ最大限のスピード感を持って行うべきものだからだ。

ここで話したことは、返信の推敲にかける時間や、返信が遅い人を否定していることではない。推敲は必要だし、私も限りある時間の中で行っている。私自身がメール不精だった頃を考えて、返信が遅い人にも事情があるということは重々承知している。よく返信が遅い人に謝られる事があるが「何かをすることに遅すぎることはない」のだ。少なくとも私に対して「遅すぎる返信」を詫びる必要は全くない。

「即時返信は常識」などとすると、ともすると窮屈で緊張がほどけない生活になると考えるかもしれない。当然だけれども、即時返信出来る時はそうすればいいし、できない場合に必要であれば、あとで忘れずする流れさえ出来ればいれば大丈夫なのだ。就寝中や旅行中や大自然の中でリラックスをしているときまで、デジタル機器に縛られる必要性は無い。適切に自分の「モード」を切り替えて行動できるのが理想だと、私も日々模索している。

2013/11/02

30011円の御祝儀

10月に友人で会社の元同僚の結婚式があった。

何か新郎新婦を楽しませるような面白い事ができればいいなと思ったものの、スピーチなどに抜擢されることもなく、結婚式の出席のハガキをデコレーションするといった芸当もできず、記念品を買ったりする金銭的余裕もなく、結局どうしようか考えあぐねていた。

東京の結婚式はご祝儀制だ。何を言うのかと言われれば、私の地元北海道の結婚式は出席費用が予め明示されている会費制だからだ。日本全国的に見ればご祝儀制のほうが一般的なのだろう。

ご祝儀制結婚式の場合、額面が「割り切れる」事を嫌うということで、1万円だったり3万円だったり5万円だったりといった万の桁が奇数の額を選ぶらしいが、それを言われたときは数学科で数学を研究していたときだったので「それって2と5と何かで素因数分解出来る合成数だよね」と答えた。素数ではない、割る数字が存在する合成数である事は小学3年生なら分かる。

私はあまりお金持ちではないので、友人への相場である3万円より多くの出費はできない歯がゆさがある。ただ、ふと30000よりも大きな数字で最も最初の素数を調べたら30011だった。そう、ご祝儀袋にピン札の1万円札3枚と、10円玉1枚、1円玉1枚を入れて、封筒に「三萬十一円也」と書いて会場で御祝儀袋を出したのだ。

新郎は私のことを数学専攻であることは知っているものの、相手は文系である。30011円の真意は伝わらないだろうから、次に酒を呑むときに暴露してネタにしようと思ったわけだが、結婚式が終わって二日後にLINEでメッセージがやってきた。

「素数のご祝儀、ありがとうございます!」

見抜くとはさすがだなと思った。

本当であれば、10円硬貨と1円硬貨の製造年をそれぞれ新郎新婦のもので、かつ保存状態が綺麗なものか新硬貨かと見間違うほどクリーニングされた硬貨をコインショップで探してこようかと思ったものの、一万円札のピン札を用意することすら大変だったので、そこまで手が回らなかった。もし機会があれば、次回以降の課題としたい。

形式というものは非常に大切で、型を破ることは慎重にならないといけないものの、失礼にならない範囲で既存の慣習に機知に富んだ「とんち」を入れることは世の中を楽しくする大切なことだと思う。クラシック音楽でも、当時のベートーヴェンが非常に慎重にかつ着実に既存の形式や枠組みを壊して新しい境地を開拓した事も見習いたい。

もし私がプロの絵描きであれば、出席はがきの「御」を消す横棒から息を飲むような絵を描いて贈りたいくらいだ。実際にそういう事をして新郎新婦を楽しませるプロの絵描きもいるようで、絵が描ける人を尊敬する私は、そんなことができる芸当を夢見ている。

30011という一見して何の変哲も意味もない中途半端な数字に見えるが、数学の知識を通して見るとそこには「決して割れない家庭を築いて欲しい」という強い意図が隠れている。とかく学校の勉強は役に立たないと言われるが、こういった教養は古典や歴史以外に限らず、世の中を良く楽しくするというのだなと、手前味噌ながら思った。