2013/11/02

30011円の御祝儀

10月に友人で会社の元同僚の結婚式があった。

何か新郎新婦を楽しませるような面白い事ができればいいなと思ったものの、スピーチなどに抜擢されることもなく、結婚式の出席のハガキをデコレーションするといった芸当もできず、記念品を買ったりする金銭的余裕もなく、結局どうしようか考えあぐねていた。

東京の結婚式はご祝儀制だ。何を言うのかと言われれば、私の地元北海道の結婚式は出席費用が予め明示されている会費制だからだ。日本全国的に見ればご祝儀制のほうが一般的なのだろう。

ご祝儀制結婚式の場合、額面が「割り切れる」事を嫌うということで、1万円だったり3万円だったり5万円だったりといった万の桁が奇数の額を選ぶらしいが、それを言われたときは数学科で数学を研究していたときだったので「それって2と5と何かで素因数分解出来る合成数だよね」と答えた。素数ではない、割る数字が存在する合成数である事は小学3年生なら分かる。

私はあまりお金持ちではないので、友人への相場である3万円より多くの出費はできない歯がゆさがある。ただ、ふと30000よりも大きな数字で最も最初の素数を調べたら30011だった。そう、ご祝儀袋にピン札の1万円札3枚と、10円玉1枚、1円玉1枚を入れて、封筒に「三萬十一円也」と書いて会場で御祝儀袋を出したのだ。

新郎は私のことを数学専攻であることは知っているものの、相手は文系である。30011円の真意は伝わらないだろうから、次に酒を呑むときに暴露してネタにしようと思ったわけだが、結婚式が終わって二日後にLINEでメッセージがやってきた。

「素数のご祝儀、ありがとうございます!」

見抜くとはさすがだなと思った。

本当であれば、10円硬貨と1円硬貨の製造年をそれぞれ新郎新婦のもので、かつ保存状態が綺麗なものか新硬貨かと見間違うほどクリーニングされた硬貨をコインショップで探してこようかと思ったものの、一万円札のピン札を用意することすら大変だったので、そこまで手が回らなかった。もし機会があれば、次回以降の課題としたい。

形式というものは非常に大切で、型を破ることは慎重にならないといけないものの、失礼にならない範囲で既存の慣習に機知に富んだ「とんち」を入れることは世の中を楽しくする大切なことだと思う。クラシック音楽でも、当時のベートーヴェンが非常に慎重にかつ着実に既存の形式や枠組みを壊して新しい境地を開拓した事も見習いたい。

もし私がプロの絵描きであれば、出席はがきの「御」を消す横棒から息を飲むような絵を描いて贈りたいくらいだ。実際にそういう事をして新郎新婦を楽しませるプロの絵描きもいるようで、絵が描ける人を尊敬する私は、そんなことができる芸当を夢見ている。

30011という一見して何の変哲も意味もない中途半端な数字に見えるが、数学の知識を通して見るとそこには「決して割れない家庭を築いて欲しい」という強い意図が隠れている。とかく学校の勉強は役に立たないと言われるが、こういった教養は古典や歴史以外に限らず、世の中を良く楽しくするというのだなと、手前味噌ながら思った。

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